世界が注目するバンクシーの故郷イギリスのブリストル。ストリートアート文化と熱気を現地からお届け
近年日本でも展覧会が開催され、昨年日本全国を巡回した展覧会では、100万人の来場者があるほど注目されるアーティスト、バンクシー。
彼は、街の壁に作品を描くストリートアーティストとして有名です。ストリートアートとは、グラフィティ(graffiti)アートと言われることもあり、街の壁や建物に描かれた「落書き」を意味する言葉です。そんな背景から生まれたストリートアートは、近年では高く評価されるアートジャンルの一つとなりました。
今回は、バンクシーの出身地であるイギリス西部の都市ブリストルに住んでいるスタッフの山口が、街中にあるストリートアートをご紹介します。
世界のストリートアートの盛り上がりや熱気が少しでも伝われば嬉しいです。
ストリートアートは合法?!アートで賑わうブリストル
私の住むブリストルの街についてご紹介します。ブリストルは、NYやロンドンに続いて、ストリートアートが盛んで、街を歩くと、様々なアートに出会えます。なんと、この街には150人以上のストリートアーティストが住んでいるのだとか!
街の壁に絵を描くこと自体、大丈夫なのか?と思ってしまうかもしれませんが、多くのアーティストが、建物のオーナーに許可を得るか、オーナーから依頼をされて描いています。
中には許可なく公共の場所に描かれたものもあり、そんな法のギリギリのラインにあるストリートアートについて、市の対応は許容しているところもあるのだとか。というのも、バンクシーを含む街の有名なストリートアートを一目見たいと、多くの観光客が訪れ、街の経済活動に寄与している部分もあるからなのだそう。
実際に、ストリートアーティスト250名が集まり、街中に絵を描く「Upfest Event」という大規模なイベントでは、世界中からアートを見物しにイベント開催に合わせて5万人が訪れています。
ブリストルで見られるストリートアートマップ。引用元
ブリストルで必見のストリートアート8作品を紹介!
それでは、知名度の高いアーティストからこれから注目のアーティストまで、ブリストルの街に訪れたら見ておきたい8作品をご紹介します。
バンクシーの初期から近年の3作品
この街を故郷とするバンクシー。予告なしの展覧会の開催やオークションで作品をシュレッダーにかけるなど奇想天外なパフォーマンスが話題の素性不明のアーティスト。橋や壁などに残された作品には、社会問題や政治へのメッセージが込められ、その奇抜なパフォーマンスはメッセージをより多くの人に注目させるためとも言われています。オークションでは29億円で取引される作品もあり、世界が注目するアーティストです。
◆ イギリスで初めて合法となったストリートアート
Banksy, Well-Hung Lover, 2006
こちらの下着姿の女性とスーツ姿の男性、そして、全裸で窓にぶら下がる男性を描いた作品は、不倫現場の様子。一時の楽しい時間が、一瞬で哀れな状況になってしまう…そんな場面であることがわかります。作品が描かれたこの建物は、以前は性的医療機関として使用されており、そこに不倫現場を皮肉まじりに描くバンクシーの作品は、イギリス人の好きなブラックユーモアに溢れています。
一般的に、違法な場所での落書きは消されることになりますが、この作品の場合、ブリストル市議会による一般庶民に向けたアンケートで「作品の保存を希望」する人が97%を占め、例外的な処置が取られ、ブリストルで初めて合法となった作品としても有名です。
◆ 崇高な巨匠作品もパロディーに
Banksy, Girl With a Pearl Earring, 2014
オランダの画家フェルメールの作品《真珠の耳飾りの少女》を描いたパロディー作品。耳飾りの真珠の部分が、バンクシーの作品では、六角形の黄色の警報器になっています。コロナ禍では、少女にマスクがされ、BBCニュースなど、世界的に話題になりました。
飾り気のない雑居ビルの壁に、あの有名なフェルメールの傑作を描くことや、真珠という当時高価なものが、警報器に差し替えられるなど、相反するものが混在して描かれています。元の巨匠作品の背景や特徴を知った上でバンクシーのパロディ作品を見ると、さらなる面白みに出会えることも魅力なのではないでしょうか。また、《真珠の耳飾りの少女》というと、崇高な印象を持ちますが、表現の仕方を変えることで、ここまでモダンに、そして人々に親しまれる作品になるという、私たちが自然と感じていた物事の見方にスパイスを与えてくれるような、ユーモアのある作品です。
◆ 政府への反発をテディベアで過激に表現
Banksy, Mild Mild West, 1999
こちらはバンクシーの初期作品です。バンクシーというと、ステンシルアートをイメージするかもしれませんが、彼がストリートアーティストとして活動し始めた頃はスプレーで描いていました。
作中では、くまが警官3人に爆弾を投げる様子を描いており、当時廃墟になった倉庫での無許可パーティーに機動隊が突入し、パーティを攻撃したことが背景にあるのだそうです。政府への反発的な思いを込めて描かれたと言われています。
バンクシーだけじゃない!注目のストリートアーティスト
◆ 東京品川でもみられるAryzの巨大作品
こちらはスペインのアーティストAryzの作品です。Arzyはブリストルの「Upfest Event」以外にも、パリのギャラリーでの展示、フランスのルーアンにある教会でのインスタレーションなど、世界各地で活躍しているアーティストです。
ブリストルでは、街の中心地に位置する6階建てのビルにAryzの作品があります(左)。ビルの全面を使って描かれた巨大な作品は建築用クレーンを使用してダイナミックに制作されました。
また、Aryzの作品は、なんと東京の品川・天王洲アイルでも出会えます。建物の一面に描かれた右の作品は、周りの高層ビルに比べても、その大きさがわかります。三味線を弾く女性の作品は、浮世絵にインスパイアされて描いたのだそうです。
◆ Dan Kitchenerのフィルターを通してみる秋葉原
Dan Kitchener, Akihabara, 2022
Dan Kitchenerは、ストリートアート以外でも、デジタルペイントやイラストレーションなど多岐に渡り活動しています。東京やNYでも展覧会を開催しており、ストリートアートを代表する注目のアーティストです。
都会や日常のありふれた光景の中にある美しさを見出すのが好きという彼の作品は、東京や香港のネオンをよく用いる作風が特徴です。こちらの作品は東京の秋葉原をテーマに描いたもの。馴染みのあるお店の看板や日本の漫画などが描かれていて、日本のエンタメ文化へのリスペクトを感じられます。よく見ると、漢字が少し異なっていたりしますが、日本語がわからなくても、ここまで丁寧に描かれている様子をみると、海外のアーティストが日本に関心を寄せていることが感じられ、なんだか嬉しくなりますね。
◆ Inkie独自の世界観は様式のミックススタイル
Inkie, 2018
Inkieはブリストル出身で、バンクシーと並びストリートアートの初期世代を代表するアーティストの一人です。1998年に開催されたイギリスの野外音楽祭『グラストンベリー・フェスティバル』でバンクシーと共に描いたトラックトレーラーは、オークションで6000万円以上の値になったことで話題になりました。
Inkieの作品は、アール・ヌーヴォー、タトゥー、マヤ文化などの様々な要素をミックスさせたスタイルが特徴です。こちらは2018年の「Upfest Event」で描いた作品で、クラシックな装いの男性、うねるような曲線、グラフィカルでポップな表現のミックスがInkieらしい作品です。
◆ Phlegmの奇形なキャラクターと浮世絵のコラボ
Phlegm, Tsunami, 2008
こちらは、Phlegm(痰)という独特な名前で活動するイギリスの漫画家、イラストレーターの作品です。これまでイギリスをはじめ、ニューヨーク、トロントなど世界各地で展覧会を開催しており、2019年4月には、イギリス、シェフィールドの取り壊し予定の建物内で期間限定の展覧会「Mausoleum of the Giants」を開催し、12,000人以上の来場者を集めたことで話題になりました。
Phlegmのストリートアートに描かれるキャラクターのほとんどは自身が描く漫画から来ているのだとか。こちらの作品には浮世絵のような富士山と波、菊模様が描かれており、日本のエッセンスを感じられます。
◆ Louis Masaiの美しく危うい世界
Louis Masai, 2018
Louis Masaiはロンドンを拠点に活動するアーティストで、環境をテーマにした作品を手がけています。アメリカを巡り、行く先々で絶滅危惧種の動物を描く他、シカゴのギャラリーでも展覧会を開催しています。
この作品は 2018年の「Upfest Event」で描かれたものです。カラフルな珊瑚礁の中で、イギリスのスーパーTescoのゴミ袋が漂っています。また、よくみると、シンプソンズのキャラクターが泳いでいます。環境問題というテーマを、美しい海の様子と共に取り上げることで、作品を鑑賞しながら、社会問題に触れ合えることができることは素敵なことだと思いませんか。また、そんな深刻な問題をテーマにした作品の中でも、キャラクターを交えることで、場を和らがせてくれる工夫も、アーティストの力量なのではないでしょうか。
ブリストルのリスペクトし合う独自のストリートアート文化
アーティストのストリートアートへの作法と思い
ストリートアートは、街の壁や建物に描かれています。安易に消されたり、落書きをされてしまう状況ですが、「描くこと自体が好きで、もし描いたアートが消されてもあまり気にしない」というアーティストの声も多いのだとか。
既存のアートの上に描き重ねる際は、以前に描かれていたアーティストの名前を自身の作品に添えるアーティストも中にはいるのだそう。また、冒頭の通り、お店の宣伝効果になるので、作品を依頼するオーナーもいるのですが、しっかりとアート作品として描かれた壁には、敬意を払い、上から落書きをされることが少ないそうです。このように、アーティスト同士がリスペクトし合いながら描いているという意外な一面があったのです。
街の人のストリートアートに対しての印象と、その文化が根付いた背景とは?
もちろん、街の人に聞いてみると賛否両論。
ストリートアートをクールと捉え、リスペクトをする人もいれば、それを好まない人もいます。
そんなストリートアートで賑わうブリストルの街の特徴は、社会や政治に関心を持ち、独立した士気を持っているという話をよく耳にします。社会に発信をする街の気風がストリートアートとしての表現の場を広げることに寄与し、ストリートアートの文化が街に根付いたのではないかと感じました。
今回の記事を通して、ストリートアートに興味をもっていただけたらと思います。 また、海外のアート事情をお伝えします。
もし、より詳しくブリストルのストリートアートを知りたい場合は、今回の記事にガイドとしてご協力いただいた、ステファンさんのブログを参照ください。
ストリートアートの魅力を紹介しています。
おまけ ストリートアートがもっと面白くなるポイント
① 建物をキャンバスとして楽しめる
ストリートアーティストは建物や道の壁をキャンバスとしてアートを描いているからこそ、建物の違う角度や、知らない小道を通ったりすることでアートを発見する楽しみがあります。右の写真は、6人のアーティストがそれぞれの建物の壁に描いたもの。建物の反対の歩道から撮影しました。左の写真は、建物の側面の壁に、スーツケースが積まれた黒い車の絵が描かれています。アートを発見・楽しみながら街を歩けることも魅力の一つです。
② ストリートアートには色々な技法がある
こちらは、左上からスプレー、ブラシ、タイル、ステンシルで描かれています。写実的にも躍動的にも表現され、枠にとらわれず自由に表現された作品が楽しめます。
③ ストリートアートには亡くなった人に捧げた作品も多い
作品の横に記された「RIP」は、”rest in peace”の略で、亡くなった人にささげた作品のことを意味します。
例えば、こちらの作品は、絵の具屋さんのオーナーが亡くなった際にInkieが描いたものです。
アーティストによって多様な表現を見せるストリートアート。もし街でストリートアートに出会った際には、今回ご紹介した内容を踏まえて眺めてみてはいかがでしょうか。